[こころに残る絵本]やこうれっしゃ(作:西村 繁雄,出版社:福音館書店)

文=まきむら あきこ

[こころに残る絵本]やこうれっしゃ- 今回紹介する 絵本「やこうれっしゃ」は、深夜に上野駅を出発し、翌朝早く、石川県の金沢駅に到着するまでの、列車の中の様子を描いています。

 この絵本には、内容を語る文字がありません。一見、読み聞かせが難しいようにも思えますが、温かなタッチで細かく情景を描写した絵が、読み手の想像力をかきたて、あるいは過去の記憶を呼び起こすなど、何度読んでも新しい発見がある、こどもから大人まで楽しめる内容となっています。

「やこうれっしゃ」 クリックするとAmazonの該当ページへジャンプします 「眠っているお客さんを乗せて、遠くの町まで夜通し走る列車があるんだよ」。まずは、そんな風に、お子さんと一緒にページをめくってみてください。刊行されたのは昭和55年ですが、描かれている時代は、それより更に10年前後は遡った昭和40年代ではないかと思います。

 人々の服装、手荷物、ワゴンによる売店、扇風機のついた車両、禁煙でない車内など、今とは違う生活文化を垣間見ることができます。

 カーテンで区切られた秘密の空間、そこにはベッドがあるなんて、なんだか楽しくなってきます。そんな小さな発見と驚きを、お子さんと一緒に味わえるのが、この本の楽しみの一つです。

 繰り返してこの絵本を読むときには、ほんの少しの予備知識と想像力で、ちょっとしたドラマを見るような楽しみ方もできます。

 絵本の最初、タイトルのページにお父さん、赤ちゃんを背負ったお母さん、男の子が描かれています。この4人家族が、この「やこうれっしゃ」に乗るところから物語は始まります。続いて開いたページには、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」でも再現された懐かしい上野駅中央改札前の俯瞰図が描かれています。彼ら家族がどこにいるか、ぜひ探してみてください。

 彼らが乗る夜行列車は、寝台特急「北陸」です。北陸には、通常の座席になっている客車のほか、A寝台とB寝台がついていました。B寝台は2段ベッドと3段ベッドのものがありますが、27ページに客車の上から梯子を下りてくる人が描かれているところをみると、この列車は3段ベッドのようです。この家族もB寝台に乗り込んで行きます。

 北陸は上野駅を23時過ぎに出発し、大宮→高崎と停車するのですが、0時半頃に停車する高崎を過ぎると、次は新潟の糸魚川まで止まりません(注 運転停車を除く)。高崎を過ぎたら、もう寝るしかない状況なのです。ホームで軽く体操をしたり、お弁当やお茶を買ったり、そんな様子も描かれています。そういえば、当時はペットボトルなどなかったですよね。

 夜は刻々と更けてゆきます。なかなか寝付けなかった人たちも、一人二人と、夜の闇に落ちていく時間です。16-17ページの客車の背景をみていただくと、夜空から暗闇へ列車がトンネルに入っていく様子がわかると思います。北陸方面へ抜けるには、長い長いいくつものトンネルを通っていきます。トンネルに入ると、レールのつなぎ目から聞こえるガタンゴトンという音が変わるのですが、寝静まった客車内に響くそんな振動が、絵本を持つ手に伝わってくるようです。

 そして、やっとトンネルを抜けると、そこはまさしく雪国です。時間は丑三つ時でしょうか、あの家族の赤ちゃんが夜泣きをし、お母さんがあやす姿もみられます。あと少しで到着、がんばって、お母さん。

 やがて列車は日本海側に抜け、乗客は皆、浅い眠りから目覚めていきます。手を上にあげ、大きくのびをして、身支度をするうちに、終着駅に到着。お土産の大きな荷物を抱えて、ホームに降り立つ人たちの息は真っ白です。

 あの家族連れにも、お迎えが来ていました。改札外の待合室で待ちきれずに、入場券を買ってホームに来てしまった祖父母、久しぶりに孫の顔に、とてもうれしそうです。

 乗客といっしょに列車にのり、見えるもの、聞こえる音、漂ってくる匂いを感じながら過ごした「やこうれっしゃ」の旅はこれで終わりです。でも、またページを開けば、描かれている人の、情景の数だけ物語に出会えるはずです。今よりずっとゆるやかだった「時」の流れを、楽しんでみてください。

タイトル やこうれっしゃ
西村 繁男
出版社 福音館書店
発売日 1980年3月
URL http://www.fukuinkan.co.jp/bookdetail.php?goods_id=332
価格 840円
ページ数 32ページ
対象年齢 読んであげるなら4歳から
(初版では、4歳~おとなまで)

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