親子で楽しむクラシック

親子で楽しむクラシック(第19回)―ベートーヴェン「エリーゼのために」

文=飯尾 洋一(音楽評論家)

親子で楽しむクラシック(第18回)- ベートーヴェンが書いたメロディのなかで、いちばん有名な曲は、もしかすると今回紹介する、この曲かもしれません。ピアノ曲の「エリーゼのために」は1810年、ベートーヴェン40歳の年に作曲されました。この曲は、様々な編曲を通じて、あるいはアラーム音やチャイムなどで、頻繁に耳にします。ピアノの学習者向けのレパートリーとしても、高い人気を誇っています。

 しかし、これほどの有名な曲であるにもかかわらず、「エリーゼのために」はベートーヴェンの生前には出版されていません。作曲者の死後40年を経て、ある研究者によって再発見され、世に知られることになりました。ベートーヴェンの自筆譜には「エリーゼのために。4月27日に。ベートーヴェンへの思い出のために」と、書かれていたといいます。

 いったい、エリーゼとはだれでしょうか。これが長年の謎となっています。ベートーヴェンの周囲にはエリーゼという名前の女性がいなかったからです。

 そこで定説となったのが、「エリーゼ=テレーゼ」説です。ベートーヴェンは、悪筆として知られています。実際、直筆とされている楽譜はかなり読みにくいようです。すでに自筆譜は失われており確認はできないのですが、最初に発見した研究者が、「テレーゼ」と書いてあったものを「エリーゼ」と読み違えたのではないか、という説です。

 確かにテレーゼであれば、話の筋は通ります。ベートーヴェンは彼の主治医の姪で、裕福な商人の娘テレーゼ・マルファッティと真剣に結婚を考えていました。ベートーヴェンは結婚のために洗礼証明書を取り寄せて、テレーゼにプロポーズしました。しかし、このプロポーズは断られてしまいます。当時、テレーゼは18歳の少女でした。

 家族からすれば、貴族でもなければ金持ちでもない四十男に嫁がせる気になれなかったとしても不思議はありません。ベートーヴェンの報われない恋が「エリーゼのために」の切ない曲想に結実した。なかなか納得のいくストーリーですね。

 しかし、近年になって異説も唱えられるようになりました。あるドイツの研究者によれば、エリーゼとはベートーヴェンと親交があったソプラノ歌手エリザベート・レッケルではないかというのです。エリザベートがエリーゼと呼ばれていたという証拠が見つかったというのですから、なるほど、有力候補かもしれません。エリザベートは美しい娘で、ベートーヴェンとはライバル関係にあったフンメルと結婚してしまいました。

 そう聞くと、つい隠されたストーリーを想像したくなってしまいます。でも、この異説は少し出来すぎのような気もしますが・・・・・・。

タイトル エリーゼのために / アシュケナージ珠玉のピアノ曲集
演奏 ピアノ:ウラディーミル・アシュケナージ
URL http://www.amazon.co.jp/dp/B00005FLPT

投稿日: 作成者: Pictio Editor カテゴリー: 親子で楽しむクラシック

親子で楽しむクラシック(第18回)-ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」

文=飯尾 洋一(音楽評論家)

親子で楽しむクラシック(第18回)- モデスト・ペトロヴィッチ・ムソルグスキーはロシアの作曲家です。彼の作った組曲「展覧会の絵」は、友人の絵画を題材に曲を書き、これをまとめて組曲に仕立てた作品です。親しくしていた画家ガルトマンが、わずか40歳で病死したという訃報を受けて、ムソルグスキーは深く悲しみました。その遺作展に足を運んだ際、ムソルグスキーは創作意欲をかきたてられ、ピアノのための組曲を作曲しようと思いつきます。

 この組曲の冒頭には、有名な「プロムナード」と題された小曲が登場します。「プロムナード」とは「そぞろ歩き」という意味。「プロムナード」は各曲の間に、少しずつ形を変えながら、何度もあらわれます。これは、作曲者が絵から絵へと歩く姿を表現しています。

代表的な曲を試聴する(NAXOS MUSIC LIBRARYより)
組曲「展覧会の絵」より:Promenade http://ml.naxos.jp/track/524403

File:Hartmann -- Plan for a City Gate.jpg それぞれの曲には、こんな題が添えられています。「小人」「古城」「チュイルリー」「ビドロ」「殻をつけたひなの踊り」「サムエル・ゴールデンベルグとシュムイレ」「リモージュの市場」「カタコンブ」「バーバ・ヤーガの小屋」「キエフの大門」。

 いくつかの絵画は現存していますので、私たちはムソルグスキーがどのような絵に触発されたかを知ることができます。

 さて、実はこの組曲「展覧会の絵」は、ムソルグスキーの生前には一度も演奏されることも、出版されることもありませんでした。埋もれた作品が世界的に人気を博すことになったのは、死後にフランスの作曲家ラヴェルが、この曲をオーケストラ用に編曲したことがきっかけです。

 ラヴェルといえば名曲「ボレロ」などで知られるオーケストレーションの魔術師。骨太で粗削りなムソルグスキーの原曲を、色彩的で華麗な作品に生まれ変わらせました。おかげで曲は爆発的に大ヒット。ファミリーコンサート等でよく演奏されるのは、こちらのラヴェルの編曲で、ムソルグスキーの原曲ではありません。

 しかもラヴェル以外の様々な音楽家が「展覧会の絵」の編曲に挑戦するようになりました。しまいには、エマーソン・レイク&パーマーのプログレ版や、冨田勲のシンセサイザー版などジャンルを超越した作品まで誕生しています。

 ムソルグスキーにとって、これらの「再創造」はすべて死後の出来事です。彼は役所勤めをしながら作曲を志しましたが、生涯の多くの期間にわたりアルコール依存症に苦しみました。やがて失業してからは住むところもなくし、「もはや自分には路上で物乞いをするしか道は残されていない」と言って極貧のうちに42歳で早世しました。

 彼の生涯や才能を知ると、優れた作品を書くことと、名声を手にすることの間には、深い溝が横たわっているのだと感じずにはいられません。

タイトル ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」 -ピアノ原曲
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
演奏 ピアノ:ウラディーミル・アシュケナージ
URL http://www.amazon.co.jp/dp/B001RVIU5I
タイトル ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」 -ラヴェル編曲
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
演奏 指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏:ベルリン・フィル
URL http://www.amazon.co.jp/dp/B0073Y11OU
タイトル ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」 -シンセサイザー版
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」 -シンセサイザー版
演奏 演奏:冨田勲
URL http://www.amazon.co.jp/dp/B000VI6KW8

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親子で楽しむクラシック(第17回)-バレエ音楽の代名詞、チャイコフスキー「白鳥の湖」

文=飯尾 洋一(音楽評論家)

親子で楽しむクラシック-バレエ音楽の代名詞「白鳥の湖」 世界で一番有名なバレエ音楽といえば、何と言ってもチャイコフスキーの「白鳥の湖」でしょう。バレエと聞いただけで、白鳥の衣装をしたバレリーナの姿を、反射的に思い浮かべる方も、多いのではないでしょうか。

 バレエというジャンル全体のイメージが、この一作品によってどれだけ形成されているかを考えると、改めて感嘆せずにはいられません。

 「白鳥の湖」のような優れたバレエ作品には、二つの楽しみ方があると思います。一つは、舞台上で演じられるバレエとして。もう一つはチャイコフスキーの純然たる音楽作品として、です。

代表的な曲を試聴する(NAXOS MUSIC LIBRARYより)
No. 9. Finale: Andante: The flight of swans http://ml.naxos.jp/track/894212

親子で楽しむクラシック(Pictio) クラシック音楽のファンには、バレエは観ないけれどもバレエ音楽は聴く、という人も珍しくはありません。チャイコフスキーのドラマティックな音楽は、それ自体が表情豊かで、起伏に富んでいます。

 バレエとしても超名作、しかも音楽単独としても、よくコンサートで演奏されるという点で、「白鳥の湖」は稀有な名作といえるでしょう。

 「白鳥の湖」のストーリーは、まるで童話や民話のようによく知られていますが、実はこの物語には明確な原作が見当たりません。チャイコフスキーが作曲し、プティパとイワノフの振付で上演された舞台によって、この物語が世界中に広まりました。

 また、「白鳥の湖」には、いくつものバリエーションが存在します。その意味では、様々な人の手を経て、現在知られるようなストーリーの骨格が定着したといえます。

 現在、知られているストーリーは次のようなものです。王子ジークフリートは、湖で白鳥が美しい娘に姿を変えるのを目にします。娘は自分はオデット姫であり、悪魔によって白鳥の姿に変えられてしまったのだと語ります。人間の姿にもどれるのは夜だけ。呪いを解くには永遠の愛の誓いが必要です。王子はオデットを救おうと決意します。

 翌日、王子は宮廷の舞踏会で花嫁を選ぶように言われます。そこにあらわれたのが、悪魔に連れられたオデットそっくりの娘オディール(黒鳥)。王子はだまされて、オディールに愛を誓ってしまいます。裏切られて嘆き悲しむオデット。王子はオデットに許しを請いますが、悪魔があらわれて、二人を引き裂こうとします。

 そしてエンディングを迎えるのですが、舞台によって結末は違ってきます。王子とオデットが湖に身を投げて天国で結ばれるという悲劇的な結末と、愛の力が悪魔に打ち勝ってオデットは人間の姿を取りもどして二人は結ばれるという、ハッピーエンドがあります。

 不思議なことに、どちらのストーリーであっても、音楽は同じです。音楽だけを聴いているときは、私たちは王子とオデットの運命を自由に想像することができます。この「想像力の余地」こそが、音楽ならではの魅力といえるのではないでしょうか。

タイトル

チャイコフスキー:バレエ「白鳥の湖」全曲チャイコフスキー:バレエ「白鳥の湖」全曲

演奏 指揮:アンドレ・プレヴィン
演奏:ロンドン交響楽団
URL http://www.amazon.co.jp/dp/B000XAMEBU
タイトル

チャイコフスキー:バレエ「白鳥の湖」

演奏 指揮:ヴァレリー・ゲルギエフ
マリインスキー劇場バレエ団
URL http://www.amazon.co.jp/dp/B000RY42GC

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