まっちの絵の具とネットで公開された紙芝居

work 長野県の千曲市に、戸倉という場所があります。長野市からは、しなの鉄道で20分ほどの場所です。近くには冠着山という山がそびえています。この山は、“姨捨山”とも呼ばれており、年を取って働けなくなった老人を、口減らしのために置き去りにしたという、昔話の場所としても有名です。

戸倉駅 この戸倉に、株式会社まっち(2011年8月20日までは企業組合まっち絵具製造、以下、まっちと表記)という、絵の具の製造を行っている会社があります。この、まっちが作っている絵の具には、次のような特徴があります。

 違う絵の具の色を混ぜても彩度が低下せず、鮮やかな色を保つこと。そして、より環境に配慮した原料を、いちはやく採用してきたことです。今回は、まっちの創業者である小出宗治(故人)氏について、ご紹介したいと思います。

 小出氏は、自分が絵を学んでいた時に、当時の絵の具の品質に不満を持ち、1962年から研究を始めました。そして、1968年に埼玉の新座市に小さな工場を建てて、絵の具の試作を始めました。そして1973年、長野県の戸倉に工場を移し、絵の具の製造を開始します。絵の具を作ろうとしてから、10年以上が経っているんですね。

 さて、そのまっちの絵の具ですが、絵の具が入っているチューブにも特徴があります。それは、最初から透明な容器を使っていた、ということです。小学生の頃、誰でも絵を描いた経験があると思います。その時、多くの方は鉛のチューブの絵の具を使っていたと思いますが、何人か、透明なビニールチューブを使っていた方はいないでしょうか。その絵の具は、もしかしたら、まっちの絵の具だったのかもしれません。

 小出氏は、絵の具の色や量を目で見て確認できること、そして小さい子供でも使いやすいことを考えて、発売当初からポリエチレンのチューブを採用しました。大手メーカーの絵の具は、まだアルミニウムや鉛のチューブに入っていた時代に、です。

 絵の具の容器を「中身が透明なポリチューブにしよう」と考えるヒントになったのは、マヨネーズの容器だったといいます。中身を確認できて、子供でも簡単に出すことができるのを見て、小出氏は、絵の具の容器に応用できないかと考えたそうです。

 まっちが、この容器を使った絵の具を発売したのは、1973年のことです。ちなみに、絵の具大手のぺんてるが、ポリチューブを採用した絵の具を売り出したのは1983年、サクラクレパスが発売したのは1995年でした。こうして振り返ると、小出氏は、かなり先を見ていたことが分かります。

 さて、小出氏が残したものは、この絵の具だけではありません。小出氏は、かつて自分が中学生だった時、教師をされていた竹内隆夫氏(故人)が、教育用途として描かれた紙芝居を、いろんな人に読んで役立ててほしいと、インターネットで公開したのです。

 公開を始めたのは、1999年3月21日。当時、インターネットを手がけている会社でもなければ、自力でインターネットに紙芝居(スライドショー)を作り、公開したということは、本当にすごい話です。

 公開された作品には、芥川龍之介の「杜子春」や新美南吉の「ごんぎつね」など、よく知られた名作から、民話の「馬にされた若者」や「しりなりべら」など、一度は読んでみたい作品が並んでいます。そして、作品数は53点にのぼります。

ごんぎつねの紙芝居 馬になった若者の紙芝居

 さらに紙芝居を作るにあたって、小出氏は業者に頼むのではなく、自分でコツコツと作業されていたといいます。システムに詳しい長野県中小企業団体中央会の担当者の方が、手伝いもされたそうですが、閲覧する人にとって、どんなサイズや解像度が最適なのか、どのような仕組みを使えば、多くの人に見てもらえるのかといったことを、毎日、夜遅くまで考えて、試行錯誤を続けていたといいます。

 そして、竹内先生が大きな紙に描いた紙芝居を、デジタル化し、同時に文章などの編集も平行して作業し、次々に公開していきました。また、2004年からは、より本物の紙芝居に近づけようと、ファイルに音声を入れたFlash形式で作成し、紙芝居そのもののような作品も公開されました。残念ながら、小出氏は、2010年11月に亡くなられました。そして、これらの紙芝居は見ることはできなくなりました。

 しかし、今まで多くの人に見てもらってきた作品であり、このまま消えてしまうのは、非常に惜しいと考えていたところ、今回、ご遺族の方から、許可をいただくことができました。そこでPictioでは、竹内隆夫氏が描かれ、小出氏が編集されたこれらの紙芝居を11月から、Webサイトで公開していきます。編集作業にどうしても時間がかかるため、すぐに全部とはいきませんが、再び多くの方に読んでいただけるようにする計画です。

 今回、紙芝居を公開するにあたり、多くの方からご協力をいただきました。故竹内隆夫氏の著作を公開することについて、快くご許可いただいたご遺族の竹内弘明様には、深く感謝申し上げます。また、小出氏と共に紙芝居のシステムを作り上げてこられた長野県中小企業団体中央会の西條様、そして、小出氏の奥様には、小出氏が絵の具を作り始めた理由や、ネットの紙芝居について、何度もお話を伺いました。深くお礼申し上げます。

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