[こころに残る絵本]セロひきのゴーシュ(作:宮沢賢治,絵:茂田井武,出版社:福音館書店)

文=Pictio編集部

 童話作家であり、詩人でもあった宮沢賢治が亡くなったのは、まだ38歳の時。1933年のことでした。それから、すでに80年以上が経過していますが、宮沢賢治の作品は今でもよく読まれています。

 賢治は多くの作品を残していますが、「セロひきのゴーシュ」は、1926年、宮沢賢治が31歳の時に書かれたと言われています。それは、彼が花巻農学校の教師を辞めた頃で、賢治はチェロを持っており、その経験が作品にも生かされているとされています。どうやら、あまりきれいな音が出なかったところも似ているようです。

 さて、宮沢賢治の作品は、なかなか絵本にしにくいと言われています。それは、文章が幻想的で、かちっとしたイメージを作りにくい、あるいはイメージの質が高すぎて作品化しにくいためです。内容的には平易なため、絵本になっているものも多いのですが、成功したと見なされている作品は少ないのです。

 セロひきのゴーシュも、賢治の作品の中では現実的な設定であり、イメージが結実しやすいので、以前から何度も絵本が作られてきました。その中にあって、茂田井武氏が描いたセロひきのゴーシュは、それらの作品と比べて、文章を高いイメージで絵に結実させている傑作だと言われます。

serohiki さて、あらすじです。ゴーシュは町の活動写真館でセロ(チェロ)を弾く係でした。けれどもあんまりじょうずでないという評判でした。それどころか、楽手の中ではいちばん下手だったので、いつでも楽長にいじめらているのでした。

 ある日の練習で、思いきり楽長に酷評されたゴーシュは家でも練習を続けています。すると、夜中に三毛猫が訪ねてきます。怒鳴っているゴーシュに、三毛猫は言うのです。

「先生、そうおおこりになっちゃ、おからだにさわります。それより、シューマンのトロメライをひいてごらんなさい。聞いてあげますから。」

「なまいきをいうな。ねこのくせに」

 こんな調子です。そして、次の日の晩は、鳥が訪ねてきます。鳥は、ゴーシュからドレミファを習おうとしますし、その次の日に来た、たぬきの子はゴーシュとセッションを、そして、また次の日はネズミの親子が病気を治してほしいとやってきます。どんどん続いていく、文章のリズムと、場面転換はほんとうに面白い。そして、コンサートの日を迎えるのですが、ゴーシュは上手に弾けたのでしょうか。

 今の絵本なら、コンサートを首尾よく成功させるという形で終わるのかもしれません。でも、宮沢賢治は少し違います。もっと、違うことを伝えたかったんですね。対象年齢は小学校低学年からとなりますが、より大きいお子さんにも読んでほしい作品です。

 文章も面白いですが、絵も大きな魅力です。ふてぶてしく、とぼけた感じの三毛猫、演奏中に感じるような、ぐるぐるしている感覚、ゴーシュがセロを抱えて帰る夜の田園風景。文章では、ぼんやりと頭に描いているイメージが、絵を見たときに「あぁ、なるほど、これだね」と文章と絵が一体化して、ずれなく心に入り込んできます。
 
 どのシーンも素朴で、そこはかとなく暖かみがあり、でも少しだけ寂しい感じもあります。いろんな感情が詰め込まれた絵を、小さい時に見ることができるお子さんは、とても恵まれていると思います。原画を見る機会は、なかなかないかもしれませんが、本とはまた違った鮮やかな色遣いで息をのみます。

 このセロひきのゴーシュが最初に世に出たのは、福音館書店の「こどものとも」で出されました。この時は、ページ数の関係もありダイジェスト版でした。しかし、単行本として出すにあたり、フルテキストの形として出版されました。編集を担当した松井直氏の著作を読むと、茂田井氏はこの作品で命を縮めることになったとも書かれています。

 何度も何度も読み返していると、どの絵も渾身の力を込めて描かれたことを感じ取ることができます。いい加減に見ることを許さない絵とでも言うのでしょうか。少し長いお話ですが、是非、読んでみてください。

本の題名 セロひきのゴーシュ
作者 作:宮沢賢治,絵:茂田井武
出版社 福音館書店
発売日 1966年4月
価格 1100円+税
関連URL 福音館書店,茂田井武美術館

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