[こころに残る絵本]宮沢賢治「生徒諸君に寄せる」

絵本のパティオ 童話作家であり、詩人でもあった宮沢賢治は1933年、37歳の若さでこの世を去りました。彼が残した作品は、童話としては「風の又三郎」、そして詩には「雨ニモマケズ」など有名なものも少なくありません。雰囲気が独特であり、今でも読者が、とても多い作家ですね。

 今日、ご紹介するのは「生徒諸君に寄せる」です。この作品は1927年に「盛岡中学校校友会雑誌」への寄稿を求められた宮沢賢治が書いたものとされています。

 しかし、ついに完成に至らなかったと見られ、その下書きが残っています。これをまとまった形にして世に送り出したのが、朝日新聞の「朝日評論」でした。1946年の4月号において、残されていた下書きを元に、大幅に加筆・修正された形で掲載したのです。

 現在、目にしているものの多くが、この朝日評論版に掲載されたものを元にしています。というのは下書きでは意味が不明な箇所や、まとまっていない箇所などがあったためです。

 もちろん、掲載した時点で宮沢賢治はすでに故人となっています。そのため、編集者が、作者の意図するところを汲み取り、構成して発表したそうです。原本となる下書きは、全集などに収録されています。

 宮沢賢治が、自ら書いた下書きからどのように推敲するつもりだったのかは、本当のところは分かりません。ただ朝日評論の編集者が、下書きをかなり読み込んで、宮沢賢治の想いを一つの詩にまとめあげたことは、高く評価されてよいと思います(ちゃんと原文も見れるし)。

 一説では、当時岩手県に住んでいた詩人の高村光太郎が編集し直したのではないか、とも言われています。確かに、この詩の力強さは高村光太郎の雰囲気に似ているかもしれません。

“生徒諸君に寄せる

中等学校生徒諸君

諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか

それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である

諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか

今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や特性は
ただ誤解から生じたとさへ見え
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ

むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ

諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか

じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ
宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか

新たな詩人よ
雲から光から嵐から透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ

新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て

衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ

新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ

新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至り
透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ

おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少くとも千人の天才がなければならぬ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである

潮や風……

あらゆる自然の力を用ひ尽くして
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ

ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか”

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